昭和40年04月21日 夜の御理解
古谷さんが見えられましてから、見事な図面が出来上がったからといって持って見えられました。まあ、素人の私共が見ましても、実に見事な図面です。もう、何回図面を引いても、何回図面を引いても、みんなが気に入らなかった。委員長の、第一、秋永先生が気にいらなかった。
今度は、もう、ほんとに神ながらなおかげを頂いたんでございましょう。もう、ほんとに見事な図面です。けれどもまた、敷地が広くなったために、それだけ、また建坪も増えた。三百何十坪、建坪三百何十坪というのですから、たいしたことです。金額も概算、三千五百万という。
ま、いうなら、夢のような話なんですね。とても、現在の椛目の信心やら、椛目の実力やらをもってしては、では、到底出来そうもない。それこそ、お話のような話なのです。そして、その事を神様にお届けさせて頂きよりましたら、神様の、こう開かずにこう開けと、こう頂きましたですね。あの、襖を両方へこう開くんですね。こう開かずに、こう開けとこう仰るですね。
それには力が入る、向こうのほうへ押すようにして、そしたら、観音開きのようにばぁっとこう、向こうへ開けたんです。「ね」。ある大変な難しい問題を。三代金光様のときに、ある先生がお届けをなさった。金光様どんなもんでございましょうかと。おかげ頂きましょうかと。と、申し上げたときにですね。はい、向こうのほうは開けっ放しでございますからと仰ったそうです。「ね」。
いわゆる、おかげは無尽蔵ですよということなんです。無尽蔵だけれども、その無尽蔵のおかげを頂くというには、やはり、徳が必要であり、力が必要なんだということ。みんなが、例えば、こう開いたのでは、例えば、あの襖をこう開いたら、半間なら、半間だけしか開かないでしょう。「ね」。
あれを向こうに、こうやって、押し倒すようにして開いたらぁ、ま、開けるようなものです。こう、向こうのほうへ、ざぁっとこうしたら、向こうは、もうずうっと青空天井が眺められるようなその、開き方のところを頂くんですね。だから、こう開くとには、力はいらんのだけれども、こう向こうに押して開くのには力が要る。みんなで力を合わせて開かせて頂けばですね。
どこまでおかげいただけるかが。まあ、いうならば、私共の信心の、力試しとでも申しましょうか。まあ、そんな事でございましょうねえ。お互い一つ、いよいよこういう時に、お互い、力を受けたというなら、あの、御造営のときであっただろうと。御徳を受けたというなら、あの時、一生懸命になったからだろうというようなです。私は、力を受けなければならんという事を感じました。どうぞ、こう開かずに、こう開けと、向こうへ捺して開けと。そんなことを頂きました。
おかげを頂きまして有り難うございます。